千葉第三工場 エンジニアリング課 竹元 敏浩 誰よりも機械を知り尽くし安全かつ安定した製造を支える

私の仕事 生産ラインを止めない緻密な計画

 千葉第三工場が円滑に稼働するよう、機械設備の点検や修理、改良を行うのが機械担当の仕事です。加えて、新たな設備を導入する場合には、整備計画からはじまり、業者との交渉、必要機材の購入、設計、試運転と一貫して業務を担っています。工場は絶え間なく稼働を続けているので、作業のタイミングは週1回の整備と、年数回の定期修理工事のときしかありません。働く人々の安全を確保した生産設備とするとともに、ラインを止めずに安定した製品の供給を実現するためには、限られた作業時間をいかに使うのかといった、緻密な計画がものをいうのです。
 ところが、整備の必要なしと判断した箇所が、後になって製造ライン停止につながる故障を引き起こす場合があります。そのため、機械設備一つひとつのわずかな変化を見極めるよう、常に細心の注意を払っています。目で見て確認することはもとより、機械音にも耳をそばだて、あたかも機械と会話するような場面も少なくありません。


これは、机上の学習によって身につくものではなく、経験によってなせる職人技。先輩の深い洞察力を目の当たりにするたびに、私自身の経験不足を痛感します。それでも、配属当時に比べると格段に“機械の呼吸”を掴めるようになってきました。ときには静かに、ときには激しい現場の息吹を肌で感じながら、充実した日々を送っています。

仕事の醍醐味 現場に息づく社員の絆

 工場に駐在するエンジニアリング課の醍醐味は、仕事の成果が形となってすぐに反映されるところにあります。私が課題を見つけ、改善に努めた設備によって、「おかげで楽になった」、「トラブルがなくなったよ、ありがとう」などと、現場のスタッフに声を掛けられたときの充実感はひとしおです。
 また、駐在している社員数は、工場の広大な規模を考えると決して多くはありません。その限られた人員で、工場内におけるすべての仕事を行うのですから、同僚や上司、さらには課を超えたチームワークが不可欠です。厳しい現場だからこそ培われる絆が、吉野石膏の生産ラインを支えているのだと実感しています。

社員からみた吉野石膏「防災」に強みを持った会社の魅力

 1995年1月17日に起こった阪神・淡路大震災。当時、兵庫県明石市に住んでいた私は、その大災害が及ぼした悲惨な現状を目の当たりにし、多くの家屋が崩れてしまったことに衝撃を覚えました。そのときから、将来は「防災」に関わる仕事がしたいと強く思うようになったのです。そして出会った吉野石膏。耐震性や耐火性を備えた製品は、まさに「防災」の極みでした。そして今、夢は叶い、石膏ボードの製造現場の第一線を任され「防災」に深く関っています。
 以前、現役の消防士の方に、当社の製品に対する評価を伺ったことがあります。「火災時でも、石膏ボードが組まれていると燃え広がりにくく、焼け落ちることも少ない」と仰っていました。その言葉を聞いて、ときに人の生命さえも守る自分の仕事に、改めて自信と責任を感じたのです。

My Private

私は工場に駐在しているため、通勤時に満員電車に揺られることもなく、好きな音楽が流れる愛車の「MINI COOPER」で、ゆったりと通勤しています。加えて、「千葉第三工場」は海に囲まれており、車内から望める景色は最高です。

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